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  • 執筆者の写真一雄 秋穂

あきほ整骨院の本棚から 一冊目


 人との出会いというものは本当に不思議な

ものでふとした出会いが人生を大きく変える

という事も珍しくありません。これは本との

出会いも同じで私にとってはこの本が、間違

いなく運命を変えた一冊であったと思います。


ホームページにも書いているように私は祖父

の代からの整骨一家で生まれ育ち一時期は、

親戚一同みんなが整骨院という時期もあった

ほど整骨院との縁が深い過程で育ちました。


そんな事から高校を卒業すると同時に当然の

ように愛知県名古屋市にある米田中部柔整専

門学院(現米田柔整専門学校)に進学して、

柔道整復師の道を歩き始めました。


今でもそうなのですが基本的に柔道整復師の

学校というのは業務範囲である「骨折・脱臼

・打撲・捻挫・挫傷」という急性外傷の治療

法を学ぶ所で卒業して臨床に出ても、当然の

ようにそれらの治療に携わるものだと思って

いたのですが、実際は怪我をした患者さんは

整形外科や総合病院に通院されて、整骨院に

来院される方は稀でした。


祖父や父の時代は整形外科の数も少なく、現

在よりも肉体労働が多く危険を伴う作業も多

かったため「骨を折ったから整骨院に行く。」

「肩が脱臼したから整骨院に行く。」という

のが一般的でした。ところが時代の流れで労

働環境の変化や整形外科が増えたことにより

整骨院に来院される患者さんのニーズが変化

してきたのです。勿論柔道整復師のスキルの

低下という事情もなるのですが・・・


卒業して2年目の春のこと、少しでも骨折・

脱臼の治療の経験を積みたいと福岡県春日市

にある中村整形外科医院の門を叩き就職した

時に院長の中村祐二医師に紹介されたのが、

この橋本敬三医師の操体法の本でした。


「リハビリ室で操体法をやってほしい」


先程も書いた通り、学校では骨折・脱臼の治

し方しか習っていないわけですから


「えっ?操体法ですか」


全くの予備知識ゼロの状態で本を片手に、

操体法の施術を行うことになりました。

この時期中村整形外科の中村院長は40代

の若い先生で当時やっと日本で注目され始

めたアンドリューワイル博士の提唱した、

全体療法(ホリスティックメディシン)を

取り入れておられて西洋医学と鍼灸・操体

という東洋医学を見事に融合されて診療を

しておりました。この先生のもとで働かな

ければ操体法を知ることも無く、その先の

東京への武者修行に出ることもありません。

文字通り運命を変えた本と人物でした。


「私たちの祖先はね、古来からもうチャンと

わかっていたんだ。人間が病気になったり治

ったり、あるいは健康であったりするのは、

それはもう人間の成り立ち自体がそうなって

いるのだ、と。


大自然の原理として、人間は誰でも健康で幸

福に一生をおくれるように、チャンと設計さ

れているのだ。それが実現されないのは生き

方の自然法則から外れているためで、この法

則にそむくと身心の姿と動きに歪みが生じ、

身心のバランスが崩れて病気になるのだ、そ

して又、その歪みを正してバランスをとり戻

せば、病気は治るのだ、と。」

(「からだの設計にミスはない」橋本敬三著

第11版 柏樹社 30頁1-6行)


そのバランスのとり戻し方は、あきほ整骨院

に来院されるか、私がお話しする健康講座へ

ご参加お待ちしております。




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